私は眠そうな目をさらに細めて、向かいにいるアルゴさんの寝顔を見ていた。
アルゴさんからレクチャーを受けた私は、その夜に宿を借りたのだ。
モンスターとの戦い方から、物の買い方などなど、何から何まで世話になりっぱなしだから、文句など言いようもない。
しかし、アルゴさんに通された部屋は二人部屋なのだ。
だから、やけに広いベットがあったのだが、私がそれに気づいたのは就寝前。
私の容姿は<<ハッカードール3号>>である。
ネコミミっぽい形をしたロングヘアーの持ち主であり、女の子っぽいが男の子である。
女の子っぽいだけであって、男の子なのだ。
どこの世界に、出会って1日の男女がひとつ屋根の下で寝ることがあるのだろうか。
そんなのは、ゲームだけで十分だろう。
……あ、ここゲームの中だった。
私はアルゴさんの行動に疑問を感じていたが、その疑問はすぐに解消した。
彼女の頬を涙のひとしずくが伝ったからだ。
楽しいはずだったゲームが、一変して現実になってしまったのだ。HP<<ヒットポイント>>が尽きれば死。
ゲームから現実になってしまったことを考えないようにしたかったのかもしれない。
同じ想いを持つ仲間が欲しかったのかもしれない。
だから、私に声をかけてくれたのかもしれない。
それなら私は、
『アルゴさんの攻略を捗らせよう』
自然と、パーソナルエンタメAIの口が動いていた。
翌朝、仮想空間内での睡眠で夢を見るのかどうか、というどうでもいい理由を考えながら、私は鏡の前で身なりを整えていた。
今の私は、自分でも驚くほどの美少女である。
だが、男だ。
なぜ、可愛らしいのに男の娘なのか。
私は、この贅沢な悩みにため息を漏らした。
「何をため息をついているのかナ?」
身支度を整え終えたアルゴさんが歯をキラリと見せながら微笑んでいる。
フードを被っていないアルゴさんを、頭のてっぺんからつま先まで眺めてみる。
この人は、男だとしても違和感がないほどのカッコイイ容姿を持っている。
だが、女だ。
「やはりこの世界は、まちがっている」
私のつぶやきに、アルゴさんは、そうだな、と苦笑いをしながら肯定していた。
朝食は、食パンである。
この世界でお腹が空くのか、と問われればノーと答えるだろう。
仮想世界で、食物を食べるという行為はする必要はないが、生きるための習慣なのだから仕方がない。
「味がない」
食パンを口に入れても味がない。
いや、そもそも私の身体は、味を認識できるのか?
我が肉体ながら、疑問がつかないバグキャラだ。
「まあ、仮想世界の食べ物だしネ」
アルゴさんは、そう言いながら、パンを噛み千切っている。
「このSAOがデスゲームとなる前に、ベータテストっていうノがあったんだけどナ」
もぐもぐとよく噛んでいても味は広がらない。
「まあ、運が良いのか悪いのか、オレっちも参加できたわけダ」
まるで発泡スチロールを噛んでいるような、
「そのとき、すごいやつと出会ってナ」
飲み込みたいけど飲み込めない。
「キー坊、<<キリト>>っていうんだガ……」
私は、傍にある水を口に流し込んで、強引に飲み込んだ。
「聞いてるカ?」
「聞いてますよ。その鍵っ子がどうしたんですか」
「……キー坊にこれか会いに行こうと思ってナ」
「それに付き合ってほしいんですか?」
私の問いに、アルゴさんはニコニコ顔で頷いた。
「いいですよ」
私は二つ返事で承諾した。
「いいのカ?」
「その方が、お得でしょう? 私にとっても、あなたにとっても」
「ばれてたのカ」
私は眠そうな目を鋭くさせ、アルゴさんを見る。
「私も、自分自身が怪しさ満点なキャラだと思ってますから。私がアルゴさんの立場だったら、近くで少しでも探りたいと思うでしょうから」
「ジト目で見られても、可愛いさが増してるだけなんだガ?」
君にシリアスは似合わないよ、そう言いながら、アルゴさんは、仮想ウインドゥを表示し、指で操作する。
【パーティ申請されました、承諾しますか?】
【Yes/No】
私の前に、パーティ申請のウィンドウが現れた。
私は、何の疑問も持たずに、【Yes】を人差し指で触れた。
「これで、オレっちとサンちゃんはパートナーだ」
視界の片隅に、アルゴさんのHPバーが表示される。
「よろしくおねがいします」
私は、テーブルにおでこをつけるように頭を下げた。