私が”藤袴美衣”とかマジひくわー 第5話「狂三キラーⅠ」

 目覚めると、真っ白い天井が見えた。

 私は、頭を左右に動かして周囲の状況を確認する。

 消毒液の匂いが室内を充満し、私の隣には点滴のパックが吊るされている。パックから通る管は、左手につながっている。

 意識がはっきりしてくると、自分のいる場所が病室のベットの上であることが分かる。

 ゆっくりと上体を起こすと、頭に痛みが走り、痛みに耐えかねて体をベットに沈めた。

「生きてた」

 痛みは、紛れもなく生きていることを証明していた。

 覚えているのは、武装した少女が剣をちらつかせながら私に近づいてくる光景。その場で剣をふりおろされて殺されていたかもしれない。

 私は背筋に冷たさを感じた。

 コンコン。

 控えめな扉をノックする音が静寂な室内をかける。

「どうぞ」

 小さく返事を返すと、人の顔が通れるくらいに扉が開き、外から顔だけを覗き込むようにしている。

 その人物と目が合う。

「藤袴さん、目を覚ましたんですかっ!?」

 それは瞳に大粒の涙を浮かべていたクラス担任、タマちゃん先生だった。

「空間震に巻き込まれたと聞いてから、ぐずっ、私はもちろん、クラスのみなさんもとても心配して、いたんです……」

 服のポケットからハンカチを取り出して、涙をぬぐう。

「私はどれくらい眠っていたのでしょうか?」

 私が五河くんの家から消失した後、どのくらい時間が経っているのか。それを含めて、タマちゃん先生に問いかける。

「自衛隊員の方は、一昨日に病院に運ばれたと仰っていました。おそらく空間震に巻き込まれたのではなく、余波で崩れた建物によるけがではないかということも仰っていました」

 私は、あの時武装集団に殺されそうになっていた。しかし、止めを刺さずにここで治療を施す理由はわからない。

「でも、本当によかったです。藤袴さんが無断欠席をした日に、空間震が起きて、それに巻き込まれたなんて知ったときには、心臓が飛び出るような衝撃がありました。お友達の山吹さんや葉桜さんも、とても心配してました」

 親友の二人が、心配してくれていたことに、私は胸が温かくなる。

「そうですか」

 素っ気無い言葉だが、私は笑顔で返事をした。

「ハッ、こうしてはいられません。すぐにお医者様を呼んでこなければっ」

 さわがしくも愉快なタマちゃん先生は、部屋の外へ駆け出した。病院では静かにするものだが、先生はおっちょこちょいなのだ。

 私は「ごめんなさい、ごめんなさいっ」と小さく聞こえるタマちゃん先生の声を聞きながら、目を静かに閉じた。

「……かい……できないと、言っている」

「だから……あなたも同じ……でしょう?」

 耳に入る声が頭に響く。誰かが論争しているのだろうか?

 私は眠っている頭を覚醒させて、病室の扉に目を向ける。

「いいから通しなさいよっ」

 強めに開けたドアが、ガタンと大きな音を立てる。そして、私の知る四人の顔が視界に入ってきた。

「あ」

 そうつぶやいたのは、おそらく私だろう。

 親友の山吹亜衣と葉桜麻衣、五河士道にぞっこんな鳶一折紙、私のクラス担任のタマちゃん先生が、病室に入ってきたのだ。

「美衣っ」

 亜衣が声を上げると、親友の二人が私のベットに駆け寄ってきた。

「ほんとうに心配したんだからねっ」

「生きててくれて、ほんとうによかった」

 私の無事を涙を流して喜んでくれている。私は彼女たちに心配させていた罪悪感より、自分のことを想ってくれていたことに喜んだ。

「ありがとう」

 私は笑顔で言葉をつむぐ。私の想いが伝わったのか、彼女たちは笑顔を返してくれた。

「本来なら、彼女に会うことはあまり好ましくない」

 その空気をぶち壊したいのか、鳶一さんの言葉は、室内の空気を重くする。

「どういう意味よ、超天才」

「彼女は、見つかったとき危険な状態だった、と聞いている。頭を強打した可能性が高く、あまり起きているべきではないと思う」

 どうやら鳶一さんは、私のけがを心配をしてくれているようだ。

「そ、そうですよ。藤袴さんの怪我も悪化させてはいけませんから、今日のところは帰りましょう」

 タマちゃん先生が、上目づかいで生徒たちを見ている。それは、まるで妹が兄におねだりするかのようだ。

「わ、わかりました。わかりましたから」

 麻衣は、あわてて肯定した。先生の行為が、とても魅力的だったのだろうか、顔が赤くなっている。

 タマちゃん先生の意外な魅力を知った私は、なぜ彼女に恋人がいないのか不思議に思った。

「美衣、早く怪我を直してまたいつものように遊ぼう」

 麻衣が私を抱き締めると、耳元で囁くように言った。

「百合だねー」

「先生、3人の友情に感動して、涙が」

「私も士道とそういうことがしたい」

周囲の野次馬が、おのおの感想を述べる。  

 私と麻衣はそういう関係だっただろうか。記憶がたしかなら、私たちは親友である。それ以上の関係ではない。

「名残惜しいけど、またね」

「はやくよくなってください」

「それじゃ」

 騒がしくなった空間から、その要因となった彼女たちが退室した。

 ふうと、一息ついたら鳶一さんが、何事もなく入室すると、スーッと私のベットのそばまで移動する。

「えと、帰ったんじゃないの?」

「あなたは何者?」

 敵意はないものの、いきなり確信をつく発言が、無表情な鳶一さんから飛び出した。

「それは……」

「先日、大怪我をしていたあなたを運んだのは私。あなたは、私が敵を追い詰めた建物の中で頭から血を流して倒れていた。これは、どう考えてもおかしい」

「あなたがどういうことをしていたかを問い詰めたいところだけど、敵に私がボコボコにされていたとか、そういうことは考えなかったの?」

 "敵"というのが、誰のことを指しているのか、それは私と鳶一さんとでは違う。彼女の敵とは、精霊のこと。私の敵とは、武装集団のこと。嘘はひとつもいっていない。実際に精霊となった私は、あなたたちにボコボコにされたのだから。

「それはありえない。空間震警報が発令していたのに、あの場にいたあなたの方が不自然」

「そういうあなたもあの場にいたのは不自然じゃない」

 私の言った言葉に、彼女は顎に手を当てて考え出した。そして数秒後、決心したように私へ自分自身のことを告げる。

「私は自衛隊に所属している。そして、空間震とともに現れる精霊を殲滅するのが、私の仕事」

 その言葉には、明らかな殺意が込められていた。言葉を聞いた私は、クラスメイトが自分に刃を向けているように感じて、悲しくなった。

「それで……」

 私は続けろと、鳶一さんに促す。

「あなたは精霊?」

「そうだとしたら?」

 その先の言葉を聞くのがこわい。一日前までのクラスメイトが、敵となり、殺意を持って私を殺しに来るのだ。

「どうもしない」

「へ?」

 私は呆然とした。

「私はあなたに借りがあったし、今までクラスメイトとして見ていたつもり。だから、あなたが暴れなければ何もしない」

 ――あれ、この子ってもっと目で殺せそうな雰囲気あったんだけど?

 私は、彼女の目が何かを決意しているように見えた。

「あなたには、恩があるから」

「いったいなんの?」

「士道がメイド好きだと教えてくれた」

 このとき私の目は、漫画で表現するなら米粒ほどの点で表現されていただろう。

「だけど、士道の敵となるなら容赦しない」

 そう告げると、鳶一さんはそそくさと病室を出ていった。

「ははは……」

 私は、ゆっくりとベットに沈み込んだ。

 どうやら鳶一さんの行動原理は、五河くんにあるようだ。彼を傷つけなければ、鳶一さんは敵にならない。私は、精霊であることを隠しとおし、五河くんに迷惑をかけなければ平穏に暮らせるようだ。

「それなら、"はやく身体を元通りにしないとね"」

 私はそう言葉を紡ぐと、眠りについた。

「まさか4日後に退院できるなんて、思いませんでしたよ。先生もびっくりです」

 私は職員室で、担任のタマちゃん先生とともにいる。なぜ、短期間に回復したかというと、私の精霊と力が原因だ。私の言葉は力を持ち、それが自己暗示になり、身体が急速に回復したと考えられる。そのため、いつもどおりの制服に袖を通し、いつもどおりのメガネをかけて、いつもどおり通学できた。唯一の違いは、頭に包帯を巻いていることだ。

「でも、頭の怪我は大丈夫なんですか?」

「この包帯は念のためです」

 怪我自体は完治しているが、短期間で怪我が治ったなど、自分が精霊だと怪しまれてしまう。そのため、怪我が直りきっていないけど早く戻りたかったと印象付ける必要がある。

「無理は禁物です。具合が悪くなったらすぐに言ってくださいね」

「はい、ありがとうござ――」

 ゾクリ。

 背筋に悪寒が走った。

「あ、そうです。今日は転校生が来るんですよ」

 重要なことを突然思い出して、先生は笑顔で話し出した。

「おはようございます、先生」

 艶っぽい声が私の背後から聞こえた。

 振り返ると、さらさらと流れる黒髪がきれいな美人さんが立っている。

「クラスのみなさんより先になってしまいましたが、紹介しますね。本日転校してきた、時崎狂三さんです」

「よろしくおねがいします」

 時崎さんは上品なお辞儀をした。

「こちらこそ」

 私もつられてお辞儀をする。

「それでは、お二人ともクラスにいきましょうか」

「はい」

 私たちは自分のクラスへ向かって歩き出した。

 そのとき、私は彼女の、時崎狂三の得たいのしれない何かを感じとっていた。

狂三キラーⅠ end

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