授業中、私はどこからともなく発する視線に耐えていた。
執ようにねちっこく、体の隅々までみようとする視線。
恋敵を見ているような、敵意を向けている視線。
淡々とこちらを見ている視線。
自分に向けられる視線に苦しむ。
それらの中でも、発信源が明確なのは村雨先生だ。授業中でも、さりげなく私を見ている、気がする。
すとん。
肩から二つ折りにされた紙が落ちてきた。 広げた紙には、 『気にするな』と、一言が添えられている。
差出人はすぐに理解できた。 葉桜麻衣の方を見ると、机の前で右手をブラブラさせている。どうやら、ピリピリした空気を読み取ったのだろう。親友たちに感謝して私は、視線を壇上に向けた。
しかし、注目されている感覚は気持ち悪い。まるで、外の厚い雲のように心が曇り、降り注ぐ雨のように気分は下降気味だ。
授業をはさむ休み時間。先日の空間震が嘘のように、いつもどおり学校に来て、クラスメイトと談笑する風景に戻っているが、教室の1点だけは違っていた。
授業中の視線は、五河士道のもの。そして、私に敵意をもった視線を送ったものは、鳶一折紙だと思う。
「鳶一さん、授業中にずっと私を見てたよね? そんなに見つめられてても困るんだけど」
私は、冗談まじりに顔を赤くして敵意を出していた理由を遠回しに尋ねてみた。
「あなたは、士道とどのような関係?」
無表情に、質問を質問で返された。
「ただのクラスメイトだけど」
「ウソ、士道は先ほどの授業時間中、10分32秒あなたをみつめていた」
「マジひくわー……」
先ほどの授業時間中に、そんなに長い時間みつめられていたのか。
それを見ていた彼女もどうかと思うが。
「ええと、誤解があるといけないからいうけど、私は彼とは何もないからね。クラスでは、殿町くんとよく一緒にいるから注目するだけで、私から話しかけることなんてないから」
「そう」
鳶一は、無表情で拳を固く丸める。
――なんか、こわいなあ。
何を考えているか分からない彼女とは、付き合いにくい。
「あ、そういえば、彼ってメイドが好きなんだって」
話題を変えるため、五河くんの好みを教える。
「敵に塩を贈るつもり?」
「そんなわけないじゃない。ただ、メイド服で彼に迫って見ればころっと落とせるんじゃない?」
鳶一は、口をつぐみ考える。数秒後、何かひらめいたのか顔をあげた。
「感謝する」
その瞳には、獲物を見つけた獣のように鋭かった。
精霊という存在は、人間の殲滅対象。存在するだけで、害悪となる。私に刷り込まれた記憶を裏付けるには、先日の武装集団をみれば明らかだった。彼女らは、精霊に対して先端技術を駆使した武器を平気でぶっ放した。非現実離れした、上映されている映画をみている感覚がある。もし、私が精霊であると認識されれば、平気で銃を向けるだろう。
私はどうだろう?
自分の力をどう使うかは、精霊を認識していくうちに、"ああ、そういうものなんだ"という納得して受け入れている。霊力の練り方、感じ方、体の動かし方を覚えこまされている。自分が生まれ変わる感覚がある。
もし自分に武器を向けられたら、私は斬れるだろうか。
罪悪感もなく、躊躇せずに斬れるだろうか。
そうなる自分を想像すると怖くなった。
ふと気づくと、私は街中にいた。ボーっと呆けながら歩いていたようだ。
携帯電話のメールボックスを開くと、亜衣から未読メールが届いている。
『悩みごとがあるなら言ってよ。私たち友達なんだからさ』
私を心配して、送ってきたらしい。すぐに、返信メールを送る。
「ありがとう、心配してくれて。そのときは、ちゃんとはなすから――送信っと」
携帯電話のボタンを押し、メールが送信されたことを確認する。
そして、顔をあげると、
「まいった、降参だ!」
ウサギ耳のパーカーを着た少女と、仰向けで倒れているロリコンがいた。彼は雨の中、傘も差さず、地面に転がっている。
私は、二人に向けて携帯電話を向けて、シャッターボタンを押した。
「まさか、五河くんがロリコンだったなんて、マジひくわー」
「藤袴っ」
彼は、目にとまらない速さで飛び上がった。
「ち、ちがうんだ、これにはわけがっ!」
私は目を細めて軽蔑な眼差しでロリコンを見る。
「そちらにいるのは、よしのんじゃありませんか。この人は、気をつけないとパクっと食べられちゃいますよ」
「ちょ、なにいってんの!? そんなことしないよ! ――って、ちょっと待て」
五河くんは早口で叫ぶと、何かに気づいたように目を大きく開く。
「藤袴は、彼女と知り合いだったのか」
「知り合いではなく、友達だけど」
私は、彼女に歩み寄ると、以前となにかが違うことに気づいた。
ふむ、と私はあごに手を当てる。
「そう言えば、右手にはめてた人形さんはどうしたんですか?」
「あ……おまえ、パペットを探していたのか?」
よしのんは目を見開くと、五河くんの頭をぶんぶんと振っていた。
「ちょっと、まて、落ち着けっ」
「ご褒美じゃないんですか?」
「そのネタは、もういいから!」
五河くんの頭をよしのんが離すと、不安な瞳を彼に向けている。
「すまん、俺もどこにあるかは知らないんだ」
彼の言葉を聞いたよしのんは、瞳に涙を浮かべて嗚咽を漏らす。
私は、五河くんにがっかりした。
しばらく視線を泳がしていた五河くんだが、何かを決意して、
「俺が、一緒に探してやんよっ」
その表情にカッコイイと思ってしまった。
よしのんはコクコクと肯定を頷きで表した。
「どのへんで落としたとか分かる」
私の問いに、よしのんは小さな声で答える。
「……きのぅ、こわい……ひと、たちに、……おそわれたとき」
「なるほど、じゃあ探すか、よしのん」
五河くんがたち上がると、よしのんは、服を引っ張った。
「わたしは……よしのん、じゃなくて、『四糸乃』。よしのん……わたしの、友達」
よしのんとは、パペットの名前だった
「なるほど、どこで落としたのか、だいたいの場所は覚えていますか?」
「……にげ、まわって……たから」
おそらく武装集団と大型の人形で応戦していたところ、落としたのだろう。
「俺たちも一緒に探すから、元気出せ」
そう言って、五河くんは四糸乃ちゃんに傘を広げて差し出した。
四糸乃ちゃんは、彼の行動が不思議で首を傾けている。
「もう濡れてるかもしれないけど、ないよりマシだろ?」
「へぇ~」
「なんだよ?」
「なかなか良い気配りじゃない」
私は、五河くんの気配りに感心した。
しかし、四糸乃ちゃんはハテナマークを浮かべたままだ。
「ああ、これはこういうふうに使うんだ」
五河くんは、四糸乃ちゃんの手をとりビニール傘を握らせる。
四糸乃ちゃんは、傘にあたった雨粒が下に落ちる様子を、キラキラ輝かせた瞳で見つめていた。そして、ずぶ濡れの五河くんを見る。
「俺のことは気にするな」
彼は自分の身など二の次で、彼女のことを考えていた。
私は、かばんの中から折り畳み傘を取り出し、五河くんに差し出した。
「前もって所持していた折り畳み傘が、こんなところで役立つとは思わなかったわ」
「藤袴、ありがとう」
――使ってもらわないと、私があいあい傘するはめになりそうだったし。
そんなことは恥ずかしくて口にださなかった。
「さあ、はやくよしのんを見つけよう」
四糸乃ちゃんは、ようやく笑顔になってくれた。
私たちは、四糸乃ちゃんが通った道順をたどり、少しずつ移動しては地面を探すという地道な捜索を行っていた。ポリバケツの中、瓦礫の中など、見つけにくい場所を重点的に探す。
ふと腕時計を見ると、かれこれ二時間が経過していた。
そのときだった。
キュウウウゥゥゥゥ――。
かわいらしい音が鳴った方向へ目を向ける。
「四糸乃、腹減ったのか?」
四糸乃ちゃんは、首をぶんぶん振って否定するが、体は正直な反応を見せる。
「……どうしたもんか」
五河くんは、耳に手を当て考え込んでいる。
「なあ、休憩する場所って家でもいいか?」
第三者に許可を得るようなそぶりでつぶやく。
「なんという、だいたんな……」
私は、五河くんの評価を改めなければならなかった。
まあ、四糸乃ちゃんがお腹をすかせたからというが、私もつきあっているわけで。
なりゆきで五河家に訪問してしまった。
「ええと、卵もあるし、ご飯も残ってる。親子丼でいいか」
冷蔵庫を見ながら、メニューを決めている五河くんを見つめる。
こんなにも積極的な人だっただろうか。いつも殿町くんとバカやってる印象とは違い、実に頼もしい面をみせている五河くん。
「そして、ふらりと流されるまま、家に上がっている私……マジひくわー」
自分を自分でけなす。
クラスメイトの家に何気なくお邪魔している時点で、私は軽い女ではないだろうか。
私と四糸乃ちゃんがソファーに座って待っていると、五河くんは、3つのどんぶりを持ってやってきた。
「ほんとうに私もご馳走になっていいの?」
「ああ、一緒にパペットを探してくれたんだしな」
私は両手を合わせて、どんぶりに箸をつける。
「おいしい……」
私の横に座っている四糸乃ちゃんも頷く。
「お気に召したようでなによりだ」
それ以降、誰も言葉を発しなかった。普段から仲良しではない私と五河くんは、話題もない。それに、今回のゲストは四糸乃ちゃん。彼女がしゃべらないなら、私も遠慮した方が良いと判断したのだ。普段の私なら、こうはいかない。親友の亜衣、麻衣といっしょに談笑しながら食事をしていただろう。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
私が手を合わせるのを見て、四糸乃ちゃんもまねをした。
テーブルに置かれた食器はそのままにして、3人とも黙ってしまう。
沈黙が数秒間。それでも、長く感じたのは間違いない。
「なあ、四糸乃。いくつか質問したいことがあるんだが、いいか?」
五河くんの声は少し低く、真剣な表情で彼女に尋ねる。
「随分、大事にしてるけど、よしのんってお前にとってどんな存在なんだ?」
「よしのんは……友達で……ヒーローです」
よしのんは、四糸乃ちゃんにとって憧れであり、強くてかっこいい理想の自分だという。こうなりたい、ああなりたいという誰しもが思い描く理想の自分。
私は自分の胸に手をあてて、四糸乃ちゃんの言葉を深く飲み込み、心の中で言葉を繰り返す。
四糸乃ちゃんの言葉で、先送りした問題用紙を目の前に出された気分になる。問いは、私は人間だけど、精霊だったこと。その答えは出せない。今だに立ち位置がはっきりしない私という存在は、この先どのように生きればいいのだろうか。
「俺が――お前のヒーローになってやる」
五河くんの言葉に、私の心臓がはねた。
目の前では、四糸乃ちゃんと五河くんが、私の存在など忘れてみつめあっている。
「俺が、お前を、救ってやる」
四糸乃ちゃんに贈られた言葉のはずなのに、胸がドキドキした。
見つめあう二人の距離はキスができそうなところまで来ていた。
私は場違いだと認識して、その場から消えていた。
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